「源氏物語 常夏」(紫式部)

主役に躍り出ているのは「近江の君」

「源氏物語 常夏」(紫式部)
(阿部秋生校訂)小学館

夕霧を訪問した
内大臣家の子息たちに、
源氏は内大臣の落胤という
近江の君の噂の真相を尋ねる。
近江の君の無教養ぶりに
困惑した内大臣は、
その教育を
娘の弘徽殿の女御に託す。
有頂天となった近江の君は
女御に珍妙な歌を送り…。

源氏物語第二十六帖「常夏」。
第二十二帖「玉鬘」から始まった
「玉鬘十帖」も
いよいよ中盤にさしかかりました。
この十帖の主役・玉鬘はこの帖においては
源氏から和琴の手ほどきを
受ける挿話があるだけで、
主役に躍り出ているのは
「近江の君」なのです。

彼女は玉鬘と同様、
内大臣(若き日の頭中将)の落胤です。
源氏が世話をしている
玉鬘の評判の高さに、
落胤を探し出して引き取ったのです。
これがまたとんでもない
田舎者だったのです。
「何か不自由なことはないか?」と
様子を尋ねにきた内大臣に対し、
「何か、そは。
 ことごとしく思ひたまひて
 まじらひはべらばこそ、
 ところせからめ。
 大御大壺とりにも仕うまつりなむ」

(お気遣いは無用です。
 上品な生活をしようとすれば
 窮屈でしょうから、
 トイレ掃除係でもつとめましょう)

その後の支離滅裂な
手紙のやりとりなど、
近江の君の無教養ぶりが
描かれていくのです。
もちろんこれは玉鬘の
引き立て役としてのものなのです。
玉鬘と近江の君、
一方は内大臣に事実を伏せたまま
源氏が世話をし、
絶世の美女という評判が立ち、
他方は恥ずかしい存在として
紹介される。
どちらも内大臣の実の娘なのですが、
近江の君がやや気の毒になります。

しかし紫式部は決して彼女を
単なる道化として
描いているわけではなさそうです。
「容貌はひぢちかに、
 愛敬づきたるさまして、
 髪うるはしく、罪軽げなる」

(顔立ちは生き生きとしていて
 親しみやすく、愛嬌もある。
 髪も美しく、欠点は少ない)
それなりに美形なのです。
父内大臣が源氏に匹敵する
美男子ですから当然といえば当然です。

内大臣が一番残念に感じているのは、
近江の君の「早口」です。
確かにまったりとした
余裕こそを重んじる平安貴族としては、
早口など下品の極みです。
でも、「早口」は頭の回転の速い人間に
多いことを考えると、
彼女は磨かれていないだけで、
相応の知性を持っていたと
推察できます。
作者・紫式部の周囲にもそのような
平安貴族らしからぬ秀才乙女が
存在していたのではないかと
思ってしまいます。

近江の君が現代に実在していたら、
気さくで明るい女性として
注目されていたでしょう。
そしてその才能が開花すれば
民放TVの美人アナウンサーとして
活躍していたかも知れません。
私は近江の君が大好きです。

(2020.7.11)

近江の君のイメージはこんな感じでしょうか acworksさんによる写真ACからの写真

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